日々の雑感を先人に倣って綴ってみようと思います。
ご感想,ご意見,お叱りなどございましたらメールまたは掲示板までお寄せいただければ幸いに存じます。

徒然なるままに


2000/9/30
後ろを見せたくないのは潔しとしないからではありません。卑怯だと思うからでもありません。危険だと思うからです。

後ろから撃つことをためらったりもしません。

 

 

2000/9/29
2周年特別企画。第15回目はこの夜の向こうでのemicoさんです。ではよろしくお願いいたします。

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夏の闇(開高健著,新潮文庫,ちなみに定価280円)

彼の「闇の三部作」と呼ばれる三冊の中の二冊目。
「輝ける闇」「夏の闇」「花終わる闇」の中から
「夏の闇」を本棚からひっぱり出したのは
一番はじめに読んだ彼の作品だから、に過ぎない。
前後3冊とも私の「好き!」の量には変わりない。
・・・いや、ちょっと違うナ。
この「夏の闇」には、サントリーでコピーライターとして成功したあと
だけどまだまだ痩せこけて、がりがりで目がぎょろぎょろして、二枚目だった
ベトナム戦争記者時代の彼の「オトコ」な部分が(笑)
あらわな舌を隠してちょっと間を置きながら「オンナ」を愛撫しているような
そういう余裕がそこらじゅうに溢れている気がするから。
文字と文字の間にたくさんの間(ま)が漂っている。
まあ、彼の作品特有の貪欲な描写には変わりはない。

私がこの本に出逢ったのは、花も恥じらう17歳(自分で言う〜?)
健やかとは言いがたかったけれど穏やかだった高校時代。
ベトナム戦争時代の激しい日常を語る男が書いたものに
どうして、あんなに惹かれたのか理由はわからない。
当時、担任だった山男が「おまえ、開高を読め」
「読んだらわかる、うん、うん」などというものだから
なにがわかるんだか、わからなかったけど、ちょろりと読んでみた。
そしたら、心の処女膜(笑)が破れてはじけちゃったのだ。
いきなりこの「開高」がはじめての男になってしまった。
おもわぬところで蛇に噛まれたみたいな。
その毒は今では私の中を廻っている。
実際、この本を読んでいると、今でも、目つきがとろんとしてくる。
はじめての男ってやっぱりね・・・なんちゃって。
つい、この人の話になると下品になってしまふ。ふう〜。
彼は「俺には女は書けん」とたびたび書いていたような気がするけど
私にとってこの「闇三部作」の中の特にこの「夏の闇」の中に出て来る女は
非常に生き生きと、生臭く、そしてあたたかく、熱く生きている。
女ばかりではない、男も、子供も老人も、
なにもかも、だ。匂いや、音までも書き尽くす私の永遠の男「開高健」(笑)

・・・あれ、これじゃあ、本の説明になってないねえ。
ま、お許し遊ばせ。
私はあらすじとか、これはどういうものだとか
説明するのがすごく下手なのです。
ところで〜、
私のこの説明を読んで
団鬼六ばりの小説を期待されても
私は知りません。

--- ここまで

ありがとうございますm(_ _)m

「はじめての男」にして「永遠の男」を語るemicoさん。なんて妖しくて可愛らしいのでしょう。惚れてしまいそう(*^^*)

私にとって「はじめての女」はどの作品だったのか思いおこしてみたのですが,思い当たるには至りませんでした。やっぱり色恋沙汰に疎いということなのでしょうか(笑)

開高健氏の作品を読んだことはないのですが,こよなく酒を愛した方だとうかがっております。その筆致からどんな官能が惹起されるのか,この目で確かめてみたく思います。

 

 

2000/9/28
プロ野球はプロスポーツです。観客からお金をもらってプレーを見せているわけです。オリンピックに選手を派遣しなかろうが,札束で良い選手を集めようが,審判を抱き込んで有利な判定をさせようが,それで観客が減らなければ(=観客がそれを望んでいるならば)なにも不都合はありません。魅力のないものを金を払ってまで観たい人がいるとも思えませんから。

一円も出資していないところに対してとやかく言う元気もありません(苦笑)

 

 

2000/9/27
2周年特別企画。第14回目は管理人でございます。

私がであったこの1冊

アリの子ツク(矢島稔著,ポプラ社,1970年)

小学1年生の時この本に出会いました。クロオオアリの巣の中で生まれたばかりの一匹の働きアリ「ツク」。彼女の誕生とともに物語は始まります。ほとんど同時に生まれた妹のような働きアリ「チコ」との出会い。先輩の働きアリたちとの交流と女王アリへの挨拶。クロオオアリの巣の中で大事に育てられているクロシジミチョウの幼虫。巣の外での活動と,アリ地獄で命を落としてしまう「チコ」。これらが一匹の働きアリ「ツク」の視点で,ダイナミックに綴られていきます。巣の中のトンネルの様子や,蝶の幼虫まで飼っているアリの生活にぐいぐい引き込まれ,すっかりはまってしまいました。それからしばらくは庭に出てはじっとアリを見つめる毎日でした。病気がちで内向的だった私。そんな私に,身の回りに知らない世界が広がっていることを教えてくれた本でした。

著者の矢島稔先生は日本の昆虫学の大家ですが,現在もなお盛んに,虫の世界の出来事を人間にわかりやすく教えてくださる“虫界のスポークスマン”として活躍されておられます。ラジオの子供電話相談室などでおなじみの方も多いと思います。ユーモアと人情味あふれる独特の語り口を聞くとき,私は今も「アリの子ツク」を思い出します。

やがて科学者を志すことになる私の知的好奇心を育んでくれた,そんな一冊です。

 

 

2000/9/26
2周年特別企画。第13回目はp-man☆po-man HOME PAGEのムッシュたかさむです。ではよろしくお願いいたします。

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私がであったこの1本

パナファクスのCM(1990年制作)

さだまさしさんの曲がながれる。

家事の途中で湯のみを落として割ってしまう若い主婦。
思いついたようにFAXを送る。

主人の出張先にファクシミリが届く。
「すてきな清水焼きの湯のみ
   おねがい!」

届いたFAXを笑いながらを読む。そして、
「仕事だぞ
 甘えるな
  メッ!」

家にFAXが届く。コンニャローとちょっと悔しがる主婦。

それでも主人は仕事の合間に湯のみを探しに行く。

新幹線で出張から帰ってくると雨が降ってきた。

駅からコインFAXで送る。
「おーい
 “カサ”たのむ!」

家で水仕事をしている後ろ姿の主婦。FAXが流れてくる。

近くの駅でカサを持って帰りを待っている主婦。

主人が帰ってくる。

笑顔で迎える。

「おかえりなさい」

「仕事どうだった?」

と彼女は手話で会話する。

買ってきた湯のみを差し出す主人。
喜んで受け取り割ったいきさつを手話で説明して2人仲良く1つの傘で帰っていく。

全面に流れるさだまさしさんの曲がとても感動的でした。
実際、見るのと書くのは違うのでどこまで伝わるかわかりませんが・・・
これは今から10年前に制作された松下電器のCMです。当時は家庭用のファクシミリが価格的にも普及し始めた頃で、コインFAXも町中にあったらしく、実際、CMのようにこういった使われ方をされていた方がいたそうです。

1度見ただけでその後見かけることなく、あきらめていましたが先日松下電器にメールしたところ、1本のVTRテープが届きました。その中にはこのCMと企画のいきさつが書かれていました。
当時のCM担当の方はもう退社しておられたようで、現在の担当の方がわざわざダビングして送って下さったようです。
おかげでもう1度見ることが出来ました。

僕らは“ただ便利”というだけで使っている機械。
でも人によってはそれは生活の大事な “会話 ”であり、“つながり ”なんだという意識を改めて持ったCMです。

別に松下のまわし者じゃないですからね(笑)念のため。

--- ここまで

ありがとうございますm(_ _)m

ステキですね。目に見えるような描写です(^^)

生憎とこのCMを覚えてはいないのですが,機械と映像のそれぞれの創り手達の想いが伝わってくるような,そんな作品だったのですね。もし機会があれば是非一度観てみたいです。

ネットワークに関わる一人として,創り手達に敬意を表します。これからは裏表間違えないでFAXしなきゃ(^^;

松下電器。粋ですね(^^)

 

 

2000/9/25
2周年特別企画。第12回目はHiraring Worldのひとみさんです。ではよろしくお願いいたします。

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心の一冊・・というほどではないので二冊ぶん

読んでくれてありがとう(プチタンファン編集部,婦人生活社)

この本は育児雑誌「プチタンファン」の読者投稿ページに寄せられた手紙で作られています。おとぎ話はお姫様が王子様と結婚してめでたしめでたしで終わりますが、現実にはそこからまだまだ続きます。

雑誌フリークの私は妊婦雑誌、赤ちゃん雑誌と読みつづけてきて、そのあと「プチタンファン」に出会いました。『子どもはかわいいし、ダーリンはやさしいし幸せいっぱい』みたいな内容で埋め尽くされていた赤ちゃん雑誌とは、かなり違っていて、そこには現実がありました。

子どもをかわいいと思えない、叱り過ぎてしまう、公園デビューができない、早期教育する・しない、嫁姑関係、実の親との関係がうまくいかない、離婚する・しない、夫とSEXしたくない、不倫、子どもの障害、自分の存在価値、働く・働かない、もう1人産む・産まない・・たくさんのママたちのありとあらゆる悩みがこれでもかとばかりに綴られています。

子どもを失った母親からの投書もあれば、子どもを残していく母親からのメッセージもありました。(この話は「涙のアンパンマンマーチ」という本になっています。)

誰にも話すことができず、この投稿欄にむけてだけ思いのたけをぶつけるママたちの多くは「読んでくれてありがとう、きいてもらってすっきりした」と手紙の最後に書いているとのことです。このコーナーでは、同じように悩みを抱えている母親同士、なぐさめあい、それでも充分心の支えにはなるのですが、なんとかこのママたちの悲痛な思いを、子育て中の母親以外の人々の目にもふれさせることはできないだろうかとの思いから、1冊の本となり出版されました。育児中の母親は孤独です。昔と違って核家族も多く、社会で育てるということは少なくなっています。育児の渦中にいるときには「自分だけじゃない」と励まされ、「明日からも頑張っていこう」という元気をもらえる本です。

「どんな育児書よりもためになった」という読者の声が印象に残っています。

母親だけではなく、少子化対策を唱えるお役人はもとより、世の男性方、母親以外の女性にもぜひ読んでいただきたい1冊です。

とここまで書きましたが、最近の若いお母さんはこういうこと考えないかも?と思いました。インターネットも普及して家にいながらにして人とかかわることができるようになりました。近年「プチタンファン」の部数が減少して隔月刊ではなくなってしまったのはそういう場が必要ではなくなってきているということかな。

 

 

デジデリオ・ラビリンス(森下典子著,集英社)

この本は著者が「あなたの前世は15世紀のイタリアにいたデジデリオという男性」といわれたことからはじまる前世探しの物語(ノンフィクション)です。

前世?ときいてひいてしまう方もいらっしゃるでしょうが、私も「あの世」とか「生まれ変わり」とかいうものに対して、確たる信念はありません。

なんとなく怪しそうと思いつつ、娯楽半分で読みはじめたのですが、次から次へとでてくる事実、巧妙な詐欺というだけでは説明できない展開に、どんどん引きずり込まれ、そのうち著者といっしょに探求ゲームを楽しんでいました。

この内容を信じるか信じないは人それぞれだと思いますが、『なぜだかわからないけれど懐かしい場所やもの』にであったときもしや私はこの場所にいたのかなあと思うことがあります。

みなさんにもそういう場所がないでしょうか。

--- ここまで

ありがとうございますm(_ _)m

コメント1
元々他人である人間が一緒に暮らす結婚。さらにはその一大事業である出産と子育て。その中でぶつかる様々な試練と挫折を乗り越えるための,導となる本なのですね。

コンピュータネットワークが,この本のような役目を担えるということを,それに関わる一技術者として嬉しくまた誇りに思います。

 

コメント2
「既視感」を持つことはありますが,それが「過去の記憶」であるとなると,いろいろと可能性が広がりそうですね。

「本能」を生きもの持つ“基本プログラム”と捉えるなら,その中に“原初の記憶”や“過去の記憶”をストアした部分があると解釈してもよいのかもしれません。

 

 

2000/9/23
2周年特別企画。第11回目はたえさんです。ではよろしくお願いいたします。

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私がであったこの1冊

誘惑者( 高橋たか子著)

この人の著作ならどれでも書きたい気がするけれど魅惑的な「誘惑者」をあげたい。

この本が手元に無いのでわたしの思い込みもあるかもしれないけれど・・・三原山で自殺しようとする友を一人ならず二人も、同伴者として最期を見届け死なせてあげる女子高校生に興味を持つ女性が主人公。この人の書くどの女主人公も心の中に悪魔を飼っていて、いつも自分の中に沈んでいく。いや沈むんでなしに思考のラセンをキリキリと上っていくという方が適切か?

高橋たか子さんの書いたものを初めて読んだのは高校生の時、文芸という雑誌だった。夫の小説家・高橋和巳氏が亡くなって文芸で追悼号が編まれたと記憶しているのですが、その後ろの方にたか子さんが和巳氏の闘病記を書いていた。高橋和巳の死にざまは高橋たか子に書かせたら・・・崇高なものではなかった。死に行く病を負った人間の当然の弱さや、わがままや、苦しさが隠されず誇張されず冷徹に書かれていた。当時の学生運動家に愛されていた夫を、誰にも媚びずに自分の視点でしか書こうとしなかったこの女性を気高い人だなぁと思った。これが最初の出会い。今となれば運命的だったか!?

身も心も独り者になった高橋たか子さんは小説を発表し始めた。最初が「没落風景」・・・すでに夫の生存中に発表されていたんだっけ?(ごめん、記憶が定かでない。)今思い出すままに・・・「ロンリーウーマン」「彼方の水音」「怪しみ」「空の果てまで」などの長短編小説。今わたしの手元に彼女の著作は置いてないけれど、すでにわたしの心に焼き付いている思考し続ける女たち。作者の分身のような主人公たちは、常に自分の内なる自分を見続けるこの世の人ではないような人物ばかり。人間の根源的な悪を見つめて、人間の存在のありかを探っているようにわたしには思えた。常に見えないものを見ようとしていた。「魂の行きつく最終的な場所」を夢想しているように見えた。わたしの郷愁は掻き立てられて、女主人公と高橋たか子さんの行き着く先まで同伴したいと思うようになりました。

ある時高橋たか子さんはカトリックの信者になっちゃった!それを知ったわたしはあぁ〜〜!と素っ頓狂な声をあげたかもしれない。衝撃だったけれど、そんな道があったのか・・・という新鮮な驚き。今になって思えば彼女は見えないものを見ていたんだから、当然の帰結だった。高橋たか子を通してわたしは遠藤周作を読み、ジュリアン・グリーンを読んだ。遠藤周作さんも訳し高橋たか子さんも訳した「テレーズ・デスケイルー」もまた悪魔を心に飼っている女性の話。存在の根源を追っている女性は周りから見れば悪魔的に見えるだろう。三原山で自殺幇助をする女子高生も、その女性に興味を持つ女性も、夫を殺そうとするテレーズも高橋たか子も、そしてわたしも、生きることに喘ぎながら上り詰めて行く女かも。わたしたちの中にある悪魔的なものは、神さまを知る一番の近道かもしれない。

ここからは余談。
高橋たか子さんはクリスチャンになったけれど、わたしはクリスチャンになる気はなかった。ある時、就職のために簿記学校に入ったら、同級生にカトリックのシスターがいた。わたしが25-6才の頃、シスターは50代だったと思う。簿記の決まりを覚えるのに大変苦労されていた。わたしはシスターの勉強をお助けした。ある時シスターに「高橋たか子さんをご存知ですか?」とお聞きしたのがキリスト教を話題にした最初。シスターはご存知なかった。シスターはわたしに一冊の聖書をくださった。当時プロテスタントとカトリックが共同で訳した新約聖書の「共同訳」というもの。この聖書を開きながら遠藤周作さんのキリスト教ものをたくさん読んだ。高橋たか子さんはしばしばパリに長逗留して修道女の生活をしているようだった。エッセイが出ると即座に買い、むさぼるように読んだけれど、その時も自分がクリスチャンになるとはまったく思えなかった。ところが今、わたしはクリスチャン。わたしが神さまに辿り着いた道はちょっと違かったけれど、高橋たか子さんとの出会いが今のわたしの出発点だったと思う。

高橋たか子さんはわたしの「誘惑者」に他ならなかった。

--- ここまで

ありがとうございますm(_ _)m

高橋たか子さんはたえさんを神への接近に導いた作家さんなのですね。人生の中での大切な出会いの一つ。本の持つ素晴らしい力ですね。

私が心に悪魔を飼っているのではなくて,悪魔が私の心に棲んでいるのだと,私自身は思っています。いつも悪魔とやり取りをしていますが,神への探求へと向かわないのは,そのせいなのかもしれません。

 

 

2000/9/22
2周年特別企画。第10回目は創作SFとお絵かきとバラのページのR・ひろきさんです。ではよろしくお願いいたします。

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私がであったこの1冊

ダブルスター(ハインライン)

 ハインラインにしようか森鴎外にしようか迷ったのですが、SFにすることにしました。
 わたしは最近のファンタジーは読みません。日本のSFも読みません。
 ヨウモノのSFもほとんど読みません。
 でもこれは、最愛といっていい本です。
 まず、いい意味で一人称が使われていて、退屈しません。
 読むと多少元気になれます。
 読み終わったあと暗い気分になるSFっていうのが多いなかで、これはすかっとします。
 ちょっと単純じゃないか、出来すぎているんじゃないか、という向きもあるかもしれませんが、そこはそれ、事実のほうが小説より奇なのはあたりまえであって、これくらいすかすか進む話が小説のなかにあってもいいんじゃないかと思います。無理して現実に似せた暗いリアリズムを追い求める必要もありますまい。現実の世界にむかって、「くそったれ! ふざけんなよ!!」と言いたいときに読むといろいろな意味ですっきりします。
 長さもちょっと読むには適当で、この前後にハインラインが書いた「異星の客」より好きだな。と思います。

--- ここまで

ありがとうございますm(_ _)m

恥ずかしながらこの作品は未読です。ハインラインらしい作品のようですね。読んでみたいと思います。

ハインラインの作品で好きなのは,私の場合は何といっても「夏への扉」です。「住居と天気と食事は人間持ち,その他は自分持ち」というピートの明快な哲学にシビれます。生まれ変われるならあんな牡猫になりたいといつも思っています。

「タダの昼飯なんて無い」

 

 

2000/9/21
2周年特別企画。第9回目はMASAHIRO's HOMEPAGE(ただいま休止中)の鈴木理弘さんです。ではよろしくお願いいたします。

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私がであったこの1冊

アルジャーノンに花束を(ダニエル・キイス著)

十数年前、まだ十代だった頃に「1杯のかけそば」でも泣かなかった私がこの本で泣きました(笑)。

頭が悪く、周りから馬鹿にされていた主人公チャーリーが、皆と友達になりたくて手術の力で天才となります。チャーリーは大学へ進学して友人や恋人も出来きたりと、はじめこそは順調なのですが、とどまることなく頭が良くなるチャーリーは、程なく周りの学生、教授達の知識を遙かに追い越し、彼らの薄っぺらい知識に失望・軽蔑するようになります。そして誰も自分の話を誰も理解出来なくなった頃、チャーリーは(手術)以前よりも大きな孤独感におそわれ、こう思い始めます。

「自分は馬鹿だった頃の方が幸せだったのではないか?」と。

えーと、大事なところを全く表現出来ないで申し訳ありませんm(__)m
人類に知能があるが故に背負い続けなければならない苦悩を表現しているというか、なんというか、まぁ、そんな感じなのかもしれません^^;;。

ちなみにアルジャーノンとはチャーリー同じく天才になる手術を受けた実験用のネズミの名前で、チャーリーとともに天才(という表現もおかしいですが)になり、ラストを迎えていきます。あとは、読んでいただくか、他の方のフォローを期待しましょう(爆)

一時、この作者にはまってしまい「五番目のサリー」「24人のビリーミリガン」を立て続けに読みました。ちなみに「24人の〜」もお勧めです。24の人格を持つ多重人格者についてのお話です。

--- ここまで

ありがとうございますm(_ _)m

鈴木さんもこの本で感動されたのですね。名作だと思います。

私とこの作品の出会いは,小学2年生の頃に遡ります。本で読んだというわけではありません。ピープロの誇る特撮ヒーロー番組スペクトルマン。その第48「ボビーよ怪獣になるな」,第49話「悲しき天才怪獣ノーマン」でこの作品が翻案されて使われていました。もちろんそんなことは知らずに観ていたのですが,看護婦の首なし死体が投げ落とされるは,夜道にミニスカートの首なし死体が転がっているはで,子供心にトラウマを残すのに十分な仕上がりでした。長じて(高校生の時だったと思う)この作品を読んだとき,あのときのシーンが鮮やかによみがえってきました(笑)。私と同じ体験をされた方が他にも多くいらっしゃるものと思います。数奇な出会いというのはあるものですね(爆)

「アルジャーノンに花束を」にはそういうスプラッタなシーンはありませんので念のため。

私らしいコメントですね(笑)

 

 

2000/9/20
2周年特別企画。第8回目はALICE555さんです。ではよろしくお願いいたします。

--- ここから

私がであったこの1冊

人間の大地(犬養道子著,中公文庫)

オリンピックの参加国数が毎回増え続け、今回では200を数えた。分裂した国、統一された国、独立した国・・・1983年にこの本が書かれた時からたったの17年で、世界地図は大きく変わってしまった。

今からホンの20数年前まで、ベトナムやカンボジアで何があったのかなんて、今の若い子(笑)は知らないかもしれないけど。そしてみんな、マスコミの報じる「アジアらしさ」を求めて、お買い物旅行に出かけたりするけど。雑誌に取り上げられない事実もある。今でもベトナムでは、指の6本ある子が産まれたりしているってこと。今30歳になるかならないかの人々も、逃げ惑った記憶を持っているってこと。

この本は、また、教えてくれる。私たちが毎日、捨ててしまう食べ残しすら、ご馳走だと思うだろう人々がいるんだって。アフリカの国々では、街灯の下でしか本が読めない人もいるって。うちに帰っても電気なんて無いから。

人間がどんなに残酷になれるか。その同じ人間が、「悲惨」に対していったい何が出来るか。私がこの本を読んだ時、感じた衝撃は、今になっても変わることなく、読むたびに私を打ち倒す。

けっして読みやすい本ではない。楽しい本でもない。とても辛い記述の連続。でも。みんなに読んで欲しい、って思う。世界にはどんな国があって、どんな人が暮らしているか。どんな歴史を生きてきたのか。私たち一人一人が、考えていかなければならない、って思うから。

今回のシドニーで、KOREA の統一旗に感激したヒトなら、きっと、きっと、何かを感じてくれるはず。

--- ここまで

ありがとうございますm(_ _)m

無差別の絨毯爆撃(“carpet bombing”の和訳。やりきれない言葉。原語も訳語も)に怯え,戦争が終わって待っていたのは食うや食わずの生活。ほんの55年前の日本の姿です。終戦のドサクサの中で,本州をアメリカが,北海道をソ連が占領する分割占領も十分に有り得ました。そうなっていれば,現在の朝鮮半島の悲劇は日本で起こったはずです。ベトナムやカンボジアや朝鮮民族の悲哀は,決して人ごとではありません。

「人間魚雷」という言葉の重みを知らない人たちにも読んで欲しい本ですね。

 

 

2000/9/19
2周年特別企画。第7回目は小沢 純 の NOVEL’S INDEXの小沢純さんです。ではよろしくお願いいたします。

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私の映画

ミュージカル、ザ・ロッキー・ホラー・ショー

 私の高校は、3年に一度しか文化祭がなかった。私が2年生になった時、廊下にポスターが貼り出されていた。
「ロッキー・ホラー・ショーを成功させよう!」と。

 それから、1年半近くの時間が流れて、文化祭当日。あまりに熱心な集団に思われたので、その舞台を見た。今、思うに 意味不明な舞台だった。なぜスクール水着で舞台に立つのか?、なぜに海水パンツ一丁のオトコが登場するのか? (しかも、それは美形の美術教師だった)ただただ、「見た」という事実だけが残った。

 高校を卒業して当然のごとく浪人を決めこんでいた私に、悪友が囁いた。
「暇だったらミュージカルやるってやつらが居るから、会合に来い」と。忘れもしない4月15日、それは運命の日となった。

 指定された集会所に行くと、年齢不詳の黒のスーツに身を固めた女性が居た。30歳を越えているのだろうか? きっちりした仕切りで、公演の計画をぶち上げる。うむを言わせない雰囲気に私は飲まれ、スタッフとして参加することとなる。

 一応、映画があるから・・とのことで、メンバーで吉祥寺へオールナイトを見に行く。・・・う〜〜ん! 強烈!!!
 オープニングは、真っ赤なルージュの唇だけが唄う「SF映画二本立て」そして、若い男女の結婚式、怪しげな城、せむしの男、コルセットとガーターベルトに身を包んだ城の主などが次々と、清純な10代の私に襲い掛かった(笑) 自らをB級SF映画と名乗ってしまうような破天荒な展開。

 それから週に2度ほどの、練習がはじまる。夏休みに入り連日の練習。そして8月27日、六本木アトリエフォンテーヌでの本番。なにもかもが初めて!が多かったスタッフとキャストで何とかやり遂げた。その時、私の青春の一つが昇華したと思う。盛り上がって、そして、その後の寂しさ。祭りの後はいつも寂しいと思う。本気で参加した祭り=公演だから、ひとしおだった。

 そして、決意する。「もう一度やろう〜!」と。
その年から、年1回のミュージカル公演がしばらくの間、私の生活の一部となった。

 ところで、最初に登場した黒いスーツの女性。何と!年下であった。今だに私が女性の歳に疎いのは、こんなところにもルーツがあるのかもしれない(笑)

このミュージカルが今年25周年だそうで記念イベントがあるらしい(笑)

--- ここまで

ありがとうございますm(_ _)m

青春の思い出なのですね。熱い息吹を感じます。現在の小沢さんがそのまま重なるように思えます。

夢中になれるものがあること。とても素晴らしいことですね。元気を分けていただきました。

私も女性の歳に疎いのですが,そのルーツがどこなのかは謎です(笑)

 

 

2000/9/18
2周年特別企画。第6回目はYukko's Pageのゆっこさんです。ではよろしくお願いいたします。

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私がであったこの1冊

うつむく青年(谷川俊太郎,サンリオ,1971年(初版))

好きな本や映画は、両手に抱えきれないほどあるけれど、それでも自分にとって何が一番かと突き詰めたら、やっぱりこの詩集にたどり着きました。
高校1年の夏。自分がどうしようもない絶望感にあった時に出会った、1冊の詩集です。当時の装丁は、淡い紫の海に浮かぶおどけた表情の魚。
タイトルにそぐわなくて、かえって興味をそそられたこと、覚えてます。

この詩集の中に、あまりにも有名な、谷川さんの「生きる」という一編の詩がありました。たくさんの日常を上げながら、生きていることを実感させていくこの詩は、生きていくことは、ごくありふれた日常で、でもそれはいつも繋がっていて、何気ないけどかけがえがないのだよと、教えてくれるようでした。

当時の私は、生きる希望が見つけられなくて、ありとあらゆる自殺の方法を夢想するような、本当に困った状況にいました。
そんな時にこの詩に出会い、もしかしたら、生きて行けるかなって、そんな力を貰ったような気がしたのです。
この詩の中の、最後の一言。

 「あなたの手のぬくみ いのちということ」

初めてこの言葉に触れた時、鳥肌が立つほど感激しました。
生きてるって暖かいんだって、そんな当たり前のことを、改めて実感したのです。私の掌の下で、だんだんと冷たくなっていった父の額を想いだしながら。
それなら出来るだけ、暖かくいようと、い続けようと想いました。
そしてたくさんの「あなたの手のぬくみ」に、触れていきたいなって。

もちろん、自分で自分の命を絶つなどと言う大胆なことが私に出来るはずもなく、この詩に出会わなくてもやっぱり私は何らかの形で、生きていたのだと想います。それでも当時の私には、生きてく理由付けが欲しかった。
たとえば、谷川俊太郎の「生きる」という詩に感動して、生きる勇気を貰ったのだという言い訳は、文学少女を気取る多感な少女の感受性を満足させるのにどれだけ役に立ったでしょう。

気がつくと、私の周囲には私を気遣ってくれる友達や先生、両親の知人…。
たくさんの暖かい「いのちのぬくみ」が、ありました。
そんな当たり前だけど、大切なことに気づかせてくれた、私にとってタカラモノのような詩集が、この『うつむく青年』なんです。

ずっと昔から繋がってきた、命の鎖。
知ってる?生きてるって暖かいことなんだよ。

--- ここまで

ありがとうございますm(_ _)m

とても優しい文章ですね(^^)

生きる意味を考えたのは一再ではありませんが,その度に答えを見つけられずにいます。もしかしたら答えなど無いのかもしれません。死ねばそれで終わりという思いが私を生かし続けています。

それぞれの人の,それぞれの限りある人生。それぞれにタカラモノを見つけて,それぞれに輝けたら素敵ですね。

今を生きていたい。

 

 

2000/9/16
2周年特別企画。第5回目はDr.TeaBreakの神戸東西ざっくばらんのDr. TeaBreakです。ではよろしくお願いいたします。

--- ここから

私がであったこの1冊

化学者・槌田龍太郎の意見(槌田敦 槌田劭 編,化学同人,1975年)

タイトルに“化学”とありますが,化学の教科書ではありません。この本の実質的な著者である槌田龍太郎教授とは,昭和前半に活躍された化学者で,金属イオンをとりまく環境とそのエネルギー状態の関係を示す分光化学系列を提唱するなど,日本における錯体化学研究の第一人者で,無機化学や光物性化学の発展に大いに貢献した先生です。

そして,日本が高度経済成長の真っ只中にあるときに逝かれた先生が,化学や科学技術の進むべき道にとどまらず,教育やさらには社会全体のありかたについて,多くの雑誌等で懸念し忠告されていた文章を編集し,人生観をまとめあげた構成になっています。

丸暗記の強要ではなく知識を活用できる教育と,それを実践するための“四権分立”を唱え,肥料の正しい使い方を高校の化学式で示し,しかも農地でその効果を実証し,資源の浪費や廃棄物の蓄積などで,文明が“未来人へ侵略”していると警鐘を鳴らし,オリンピックを「平和の祭典」にできないようでは人間は愚かなる動物の代表だと嘆くなどして,経済成長という物質的な豊かさの実現へまっしぐらな時代に対して様々な再考を促していました。

その後,高度成長期に端を発する日本の歪みは,まず石油ショックや公害問題となって現れ,半世紀近くが経ち新世紀を迎えようという現代になっても,手抜き工事を始めとする利潤至上主義,医療ミスや原発事故に見られる危機管理,贈収賄や警察不祥事のような倫理欠如,少年犯罪を呼びおこす物質文明に潜む心の貧しさ,といった有様で,槌田先生の忠告は一層その重みを増してきています。

「金属錯体はその色の美しさ,構造の面白さ,そして何より資本主義文明に役立たないのが好きだ」と言い,教授会では折り紙に,それも三角形や五角形の紙から折る独創的な作品造りに熱中する先生。研究者や技術者よりも,むしろ社会全般の人々に読んで考えて欲しいこの一冊。その折り紙の写真や独特の折り方も載っていますよ♪

--- ここまで

ありがとうございますm(_ _)m

私もかつては化学を学ぶ徒でしたが,槌田龍太郎先生のお名前は存じませんでした。不勉強でお恥ずかしい限りです。

自然科学が,自然の中の理(ことわり)の探求と実践によるフィードバックであるなら,それを生業としている科学者の中に,世の中を深く考察する方がいらっしゃるのも道理だと思います。寺田寅彦先生や宮沢賢治先生とはまた異なったスタンスと視点で,世の中をユニークに捉えておられたのでしょうね。

電気や冶金などのいわゆる「実学」以外にあまりお金をかけようとしなかった世の中が,地味だがオリジナリティが要求される基礎研究にお金をかけるようになっていくことこそ,未来を明るくすることにつながっていくものと信じます。「そして何より資本主義文明に役立たないのが好きだ」とは素晴らしい見識だと思います。

ところで,五角形の紙というのはどうやって得るのでしょう。

 

 

2000/9/15
2周年特別企画。第4回目はSACHI’S FARMの佐知子さんです。ではよろしくお願いいたします。

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ひまわり

あんまり映画を見ない私にとって、大昔に見て今もぼんやり(笑)覚えている映画の一つです。戦争に出向いた夫が記憶喪失だったか?何かで他の女性と結婚していたと知って、そっと去って行くソフィア・ローレンに涙しました。

その時、一面に続くスペインのひまわり畑がとても奇麗で、哀しげで、胸を打つワンシーンだったな..。その後、偶然にも大好きだった「OFF.COURSE」と言うバンドの解散コンサートでラストにスクリーンいっぱいのあの時と同じひまわり畑の映像がゆらゆらと風に揺れて、またまた涙が..。やはりこの映画の映像を使ったそうです。今年の夏もひまわりが青い空に揺れるのを見ると、ちょっとオセンチ(←死語)になってしまった私です。

キララさんの「風とともに去りぬ」(こちらも大好きです!)もそうですが、戦争で運命が変わってしまう。今、ノーテンキに暮している自分にはおよそ考えられない事ですね。関連して衝撃の1冊は本多勝一氏「中国の旅」でした。日本軍の中国人への残虐行為を資料、証言、写真に基づいて克明にルポしてあった1冊です。あまりの凄惨さに途中から読むのが辛くなりますが、こういう時代が確かにあったし、今もあるんだ。

今これを書いてる途中で、猫のメイが膝にのそのそと乗って来て、大あくびをしているんですが(あまりの口の大きさに飲まれそう..)こういう毎日に感謝しつつ暮らして行こうと思います。ひとみちゃんのM市立宇宙軍や、Kyanさんのお好きなヒーロー達が今日も何処かで平和を守るため頑張ってくれているし!(笑)

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ありがとうございますm(_ _)m

ソフィア・ローレンは好きな女優さんです(^^)。あの一面のひまわり畑。油を取るためだと知ったのはいつだったでしょうか。でも,美しさに変わりはないですね。

前大戦以来,世界規模の戦争はなくても,絶えず世界のどこかでドンパチやっています。そうでない日本の方が例外に属するのだということを忘れたくはないです。

世の人々が美味しいお茶が飲めるように静岡地球防衛軍にも精進していただきましょう(笑)

 

 

2000/9/14
2周年特別企画。第3回目はよっさむのカラフル缶のマダムよっさむです。ではよろしくお願いいたします。

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私がであったこの1冊

チャンピオン〜三沢光晴外伝〜(長谷川博一著)

 よっさむがこの本を手にしたのは、1999年夏のこと。
 この本は、自伝でもない。インタビュー本でもない。うーん、なんと言ったらいいのか。
 しかも、この本のサブタイトルに「〜三沢光晴外伝〜」とあるが、本編が書かれた本があったわけではない。
 けれど、この本を読んでいくと、そのサブタイトルの意味が分かってくる。

 四角いリングの中で、命を削るように戦う1人のレスラー、三沢光晴。
 激しく戦うリング上の姿を本編とするなら、それ以外の姿が外伝になるのかもしれない。
 リング上では、時には華麗に、時には激しく戦う三沢光晴。
 三沢は、いろんな言われ方をしている。
 華麗な技や予想外の返し技を出すので、天才と言われてたり。
 強烈な技を食らっても立ち上がるので、ゾンビとか言われてたり。
 よくケガをするので(そりゃあんな激しい試合を繰り返してると傷むわっっ!)、ガラスのエースと言われてたり。
 いろいろ言われているけれど、三沢自身は自分をアピールすることをあまりしない。
 そんな三沢の内に秘められた(本人は秘めているつもりはないだろうけど)表に出さない気持ちを、この本の著者、長谷川博一氏は三沢自身に触れることで感じ、書き表してくれている。

 リング上だけでは知り得ない、三沢の強い心。
 自分に対して厳しく、どこまでも正直で、とてつもなく強い意志。静かな自信。
 そんな彼の心に、少しずつ触れていくにつれ、どんどんと引き込まれていく。
 華麗な技だけではない。力強い技だけではない。
 彼の本当の強さは、ここにあるのだ。
 けれど、そこにいるのは、ゾンビでもなく、超人でもなく、普通の人、三沢光晴。
 「もういいんじゃない?」と、弱くなる心。
 「やり残してるかも…」と、夜中でも練習をする姿。
 そして、誰の為でもない、自分が後悔しない為に、うつむいた心を前に向かせる自分。
 そんな普通の人の姿が、記されている。

 この本を読む度、よっさむはますます三沢が好きになる。
 もっと三沢を見ていたくなるし、三沢の姿を追いたくなる。
 不言実行。
 派手なアピールだけがかっこいいんじゃない。
 飾らないかっこよさも、この世の中にあるってこと。
 はぁぁ、三沢、かっこいいよ。

--- ここまで

ありがとうございますm(_ _)m

熱い!!

三沢さんに対する熱い想いが伝わってきます(^^)

力道山の「カラテ・チョップ」を生で観たことはないのですが,昔の映像で語られる街頭テレビのプロレス中継の盛り上がりには熱いものを感じます。あの熱気はいまもなお受け継がれているのですね。

マダムよっさむの文章を読んでいるうちに,三沢さんに伊達直人がダブってきました。私だけかな?(笑)

 

 

2000/9/13
2周年特別企画。第2回目はKurassyHouseのKuraさんです。ではよろしくお願いいたします。

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私が出会ったこの一本

未来世紀ブラジル

ぼくの心の一本は、テリー・ギリアム監督の「未来世紀ブラジル」です。

この映画と出会ったきっかけは、たしか映画好きの友だちが、異常に興奮して「ぜったい見るべき」としつこく勧めてきたことだった……かな。監督のテリー・ギリアムは、かのモンティパイソン(イギリスのドリフターズ?)出身というすごい経歴の持主ですが、当時(15年くらいまえ)はそんなことは全然知りませんでした。どこで観たのかもちょっと忘れてしまったけど、ラストシーンであまりに衝撃を受け、立ち上がれなくなってしまったことだけはいまだに覚えています(笑)。

観ていない方のために、……えーと、ストーリーは、「徹底的な管理体制が敷かれた近未来社会、情報局に勤めるサムは誤認逮捕を目撃した女性ジルが当局によってテロリストに仕立てられようとしていることに気付き……」という感じで始まるひとことでは言えない複雑なものであります。随所に細かな笑いがちりばめられたSFで、部分的にはめちゃめちゃ笑えます、が、全体としては余りにも悲しいラブストーリーであったりもして。ビールのCMでおなじみの脳天気なテーマソングが、二度と涙なくしては聴けなくなること請け合いです。あと、ロバート・デ・ニーロが、二度とやらないであろう下らない脇役で出演してます。

ブレードランナーが好きだというKyanさんは観たことがあるでしょうか? もしなかったら絶対お薦めですよ。「インディペンデンス・デイ」より「マーズ・アタック」のほうが楽しめた、というちょっとヒネクレ者のあなたも、きっと気に入ることでしょう(笑)。

--- ここまで

どうもありがとうございますm(_ _)m

ブレードランナー好きには堪えられない映画なのですね。残念ながら未見なのでビデオでも借りてみたいと思います。面白そうな映画のご紹介ありがとうございます(^^)

マーズアタック。米国の有名俳優を知っていれば256倍くらい楽しめると思われる映画です。私にとっては,もっと勉強しなきゃと思わせる珍しい映画でした(笑)

秋の夜長。来年木星へ向かう船に思いを馳せつつ,キューブリックの映画を観るのも楽しいかもしれませんね。

 

 

2000/9/12
いよいよ始まります2周年特別企画。第1回目はようこそキララ村への天乃キララさんです。ではよろしくお願いいたします。

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この一本と一冊(上下巻なら二冊)

風と共に去りぬ

有楽町のロードショー館で観ました。
間に休憩が入って、そりゃもう、まるで、劇場のような臨場感でした。
あれが、名画座やTVでなかったから余計感動したんだと思います。
アメリカは第二次世界大戦のさなか、戦争をしながら、あの、素晴らしく美しい映画を、創っていたのですね。
そう気が付いて観ると、ロードショー館で、いっそうの感動を覚えました。
高校生の時には、親から、たしか、同じ映画を観る名目で小遣いをもらって、別な映画を観に行きました。
今となっては何を観たか、全く覚えがありません。
で、大人になって観て、感動ものの映画の話をしたら、職場の同僚が、あの、上下巻の上巻を本屋で立ち読みし通した言う話をしました。
私は、本を読むのはかなり、早い方だと思っていましたが、あの、厚みを立ち読み通すとはスゴイ根性だとほとほと脱帽したのも思い出します。
で、わざわざ、タイトルに二冊とただし書きした次第です。
ちなみに、私は、本の方は中学二年の時に読んだように記憶しています。
で、何だったか、字面だけで読んだのでしょう。
さほどの感動はなかったので、改めて読みなおして、スカーレットの生き方に、改めて感動しました。
「明日考えよう,明日は明日の風が吹く!」そう言わざるを得ない、今日をけなげに生きるスカーレットの力強さに脱帽です。
で、私は一番が好きです。自分が書こうかなと思ったことを誰かに先を越される前に。
それと、下手でも一番なら許される?

--- ここまで

どうもありがとうございましたm(_ _)m

とても楽しく読ませていただきました(^^)

映画は私も観たことがありますし,「タラのテーマ」は大好きな曲でもあります。しかしながら,本の方は読んだ記憶がありません。きっと,上下巻のあまりの厚さに恐れをなしたせいに違いありません(笑)

この物語については,かの手塚治虫先生が「アトム今昔物語(リンク先はネタバレあり。注意されたし)」で下敷きにしておられます。未読であればこちらもご一読ください。きっとお気に召すと思います。

 

 

2000/9/11
このページカウンタを設置して2年経ちました。延べ2万人を超える方々に見ていただき本当にありがたく思っております<m(_ _)m>

あっという間の一年だったという気がします。携帯端末によるネットワークの利用は加速され,オンラインによる商取引が本格化し,銀行までが設立されようとしています。まさに「IT革命」の趣なのですが,一方で,末端のサポートを行う技術者の決定的な不足や,PCを使えない人に対して国の最高執政官が「そういうのを日陰という」などと発言するなど,いささか道具に振り回されているという感じがいたします。

そんなこんながあって,だんだんと淘汰されていくのでしょうが,なにぶん非常に速く強力な流れになってきてしまった現在,熟成にかける時間が足りないと思うのは,すでに私の感覚が古くなってきているからなのかもしれません。

とはいえ,今後も「なにが出るかわからない」面白さというのは尽きることはないでしょう。そういうワクワク感を語り合い共有する場として,このサイトが存在していけたらと願っています。今後ともよろしくお付き合いくださいm(_ _)m

今日も新しい一日が始まります。皆さんにも新しい感動がありますように。

 

2周年特別企画のお題
ゆっこさんより「私がであったこの1冊(1本)」とお題をいただきました。皆さんの心に残る本や映画についてのお話をお聞かせください。ライブラリアンらしい素敵なテーマですね(^^)。どうもありがとうございますm(_ _)m

 

 

2000/9/9
2周年特別企画をご提案いただき誠にありがとうございます。

今回はゆっこさんご提案の「テーマを決めて,それぞれの想いやエピーソードを語ってもらう」を使わせていただきたいと思います。つきましては,お題も提案者であるゆっこさんに頂戴いたしたく思いますので,よろしくお願いいたします。

また,昨年同様自由なテーマで語っていただく「みんなで徒然なるままに」も併せて募集いたします。徒然なるままに気の赴くままにご応募くださいませ。

どちらも1日1名様のメールでのご投稿を,「徒然なるままに」で紹介させていただき,投稿の受付期間は今月末日とさせていただきたく思います。

今月12日より掲載を開始いたします。皆様のご投稿をお待ち申し上げますm(_ _)m

 

 

2000/9/8
2周年特別企画案中間発表その2。

キララ村の南国おゆみ嬢よりいただきました。面白いので全文掲載(笑)

  1. 記念っていったら、やっぱこれでしょ!飲み会!
    みんなでパソコンの前でお酒飲んで、飲み会チャットやりましょう!!
    もしくは、めいめいの自宅でお祝いの名目で飲みまくって、
    酔った状態で掲示板に一言づつ書き込んで行く。
    ハイテンションな書き込みを楽しみましょう!
    もしくは、オフ会やりますか?(^^)
    生兄ぃや生たまちゃんにお会いしたいという個人的な希望から言ってますが(笑)
    でも、それだとおきなわーず以外は参加出来ませんし。
    だから、仮想飲み会(笑)

どうもありがとうございますm(_ _)m

えーっと,管理人といたしましては,健康上の問題でお付き合いできないかもしれませんが,酔っぱらって掲示板に書き込んでいただくのは大歓迎いたします。特に2周年記念期間中でなくても(笑)

皆様のご意見をお待ちいたしますm(_ _)m

 

 

2000/9/7
2周年特別企画案中間発表。

  1. みんなで徒然(せきさん,リナさん,ゆっこさん)
  2. 小さい頃の画像をアップして、この子はだあれ?(ゆっこさん)
  3. 連作小説(ゆっこさん)
  4. テーマを決めて、それぞれの想いやエピーソードを語ってもらう(ゆっこさん)
  5. しりとりにして、題目を繋いで行く(ゆっこさん)
  6. いろんな地域の人がいるから、それぞれの『お国自慢』(ゆっこさん)
  7. リレー形式で,このWeb Pageについて,小さいエッセイ書いてもらう。最初だけ管理人が指名して,あとは,その指名された人が,新しい人を指名していく(でるふぃさん)

どうもありがとうございますm(_ _)m

さて,管理人なりに検討してみました。

2の“この子はだあれ?”は写真をスキャンしなければなりません。お手軽度の点が問題です。

5の“しりとり”は難しいです。投稿時にすぐに反映させる仕組みがないと同じ文字に対する投稿が重複することがありますし,しりとりが成立するのか判断する仕組みも必要です。

7のリレーエッセイは管理者冥利に尽きます(*^_^*)。しかし,指名制だとライターが常連さんだけになってしまいますし,次の人との都合等の打ち合わせも必要になるかと思います。ここら辺が課題ですね。

ということで,1,3,4,6は実現可能かと思います。皆様のご意見をお待ちいたしますm(_ _)m

 

 

2000/9/6
見ようとしなければ見えないこともあります。

見たくなくても見えてしまうこともあります。

だから面白いのかもしれません(苦笑)

 

 

2000/9/5
台湾で「コギャル」のファッションが流行っていると新聞に書かれていました。ところが,「コギャル」のなんたるかは書かれていませんでした。この記事のおかげで,「コギャルとはなんだ」とわざわざ電話で尋ねてくる人と,明確に答えられずにそれを調べる羽目になった人が発生したことを,この記事を書いた記者さんに教えてさしあげたい。まったくはた迷惑な(笑)

聞く相手が間違っていないかよく考えるように。こういうことは娘にメールで尋ねましょう(爆)>父

 

 

2000/9/4
さて,我が「きゃんずほめぱげ」も来る9月11日で開設2周年を迎えます。つきましては,昨年の1周年同様なにか特別企画をと考えております。そこでお客様の皆様にお願いがあるのですが,なにか2周年にふさわしい,お客様参加企画のネタはございませんでしょうか(笑)。お客様参加企画をお客様に考えていただく。これぞまさしくインタラクティブ!!(爆)

メールにてご提案いただければ,この「徒然なるままに」に掲載させていただき,皆様に広くご意見をうかがいたく思います。管理人がなるだけ楽をできそうな(笑)企画,なにとぞ考えてやってくださいませ。なお,企画募集期間は9月8日(金)まで。特別企画は9月12日から月末までということでいかがでしょうか。

皆様のご応募お待ちいたしておりますm(_ _)m

 

 

2000/9/2
“Daydreamer”は“Daydream Believer”なのだと思います。“Daydream Believer”は必ずしも“Daydreamer”ではないのかもしれませんが。

いま頭の中で流れているのは,The Beatlesの“Yellow Submarine”です(笑)

さて,ぼちぼち始動しますか。

 

 

2000/9/1
毒に触れ続けていると耐性ができることがあります。喜ばしいことだとは思えませんし,ありがたいことだとも思えません。その毒がないとまともにすごせなくなっているかもしれませんし。せめて,それが毒だという認識だけは持ち続けていたいものです。

毒の方でどう思っているのかは知りません(笑)


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