日々の雑感を先人に倣って綴ってみようと思います。
ご感想,ご意見,お叱りなどございましたらメールまたは掲示板までお寄せいただければ幸いに存じます。

徒然なるままに


2000/7/31
出来るだけ動かずに済ませたいと思ってはいても,しなくてすむなら息もしないで済ませたいと思ってはいても,いったん事が起こったときに反応してしまうのは,やはり修行が足りないのではないかと思う今日この頃(笑)

かといって他に能があるわけでも無し(爆)

 

 

2000/7/29
「速く」より「正確に」を心がけましょう。正確でありさえすれば自ずから速くなります。時間はたっぷりあります。焦らない焦らない。

お若い人へ。

 

 

2000/7/28
善人は刃物で人を殺す。悪人は言葉で人を殺す。

言葉を操る人にとって,言葉に勝る凶器はありません。

自戒。

 

 

2000/7/27
人類の夢の一つを具現した超音速の巨鳥コンコルド。設計開始は1962年。原型機の初飛行が1969年。私の幼少期と重なります。アニメの鉄腕アトムのオープニングに出てくる,アトムと空を飛ぶ前進翼の超音速旅客機の印象は非常に鮮烈で,子供の頃の私は,未来の空の主役は超音速機であることを信じていました。

墜落の報に接し,かなり大きなショックを受けています。亡くなった方々のご冥福をお祈りいたします。

 

 

2000/7/26
「警報」は,その時点においては,いつでも正しいものとして扱うこと。「虚報」かどうかは事後に判断すること。「警報」に慣れてはならない。「警報」を無視してはならない。さもなければ大事に至る。

「おおかみ少年」の話から得られる教訓です。

 

 

2000/7/25
教育。教え育てること。字義通りなら,すでに育ったという自覚がある人には効果が薄いということになります。そういう人を教育しようとするのは徒労ではないかと,諦めつつあるこの頃です。

私もそう思われているのでしょうねぇ(苦笑)

 

 

2000/7/24
時がすべての問題を解決するというのは真です。私の問題など私が存在している間のみ意味を持つことで,私は無限に存在し続けるわけではないのですから。

だからといって気が楽になるというものでもありませんが。

 

 

2000/7/22
平和の礎で,米国の大統領は,最後の琉球王・尚泰が東京に召されるときに詠んだ歌を引用しました。

“The time for wars is ending, and the time for peace is not far away. Do not despair. Life itself is a treasure.”

「いくさゆぬうわてぃ みるくゆんやがてぃ なじくなよしんか ぬちどぅたから」

なぜ尚泰が首里城を去らなければならなかったのかを知った上での引用なのでしょうか。尚泰もさぞや無念でしょう。

 

 

2000/7/21
さていよいよ本番です。攻める側が守る側の何倍もの情報を持っているのは,なにも電脳界の特化したことでもないでしょう。有能を謳われる日本警察のお手並み拝見。

ワクワクします(笑)

 

 

2000/7/20
私の知る限り世の中はだんだんと複雑になっているように思います。その世の生み出すものが,そのうちに誰にでも扱えるほど簡単になったり,もっと良いもの(なにをもって良いというのか)が生まれてくるだろうとは,どうしても思えません。

世迷い言ですね(嗤)

 

 

2000/7/19
「ひとつ覚え」も極めれば芸です。

お若い人へ。

 

 

2000/7/18
何故あなたの“正義”と私の“正義”が同じでなければならないのですか?

正義や真理が一つしかないと信じ込むからこそ,戦争が絶えないのではないですか?

なにもしないことは敵に荷担することと同じだというのなら,なにもせずに敵にも荷担してしない以上あなたに味方しているとどうしていえないのですか?

もう一度問います。あなたの正義と私の正義。何故に同じでなければならないのですか?

 

 

2000/7/17
帝都からの帰り,空港モノレールの中から,海上保安庁の整備ハンガーで翼を休めるYS−11の姿が見えました。思えば,私が生まれた翌年に就航し,いまもなお世界の空を翔び続けているこの飛行機には乗ったことがありません。あの独特の高く澄んだ金属音を響かせるターボプロップエンジンの音は,機内ではどのように響くのでしょうか。力強い4翅のプロペラは,そのピッチの応じて風切り音をどんなふうに変えていくのでしょうか。いつの日か自分で確かめたいと思いながら,しばし見惚れていました。

とても幸せな出会いでした。

 

 

2000/7/14
ちょっくら帝都まで行って来ます。ネットワーク屋としては,自分が動かなければならないことに忸怩たるものがあります。行き先をこちらに転送する手段の開発が待たれます。

15日の夜帰還予定。明日の徒然はお休みいたします。

 

 

2000/7/13
脱皮ってどんな感じなのでしょうか。なかんずく甲殻類の,セミやヤゴや蜘蛛の抜け殻を見てみると,細い細い足の先や触角まで綺麗に抜けていて,なんともいえない感動を覚えます。できるなら一度体験してみたいと思うのは変でしょうか(笑)

脱いだ後は大きくなるのだということを忘れてはいけない(爆)

 

 

2000/7/12
近世の日本では,日本語から漢字をなくそうという動きが何度となく繰り返されてきました(オンライン版『本とコンピュータ』内の「技術と日本語ものがたり」参照)。話し言葉は「音」だけで判断できるわけですから,書き言葉も表音文字だけで記述できるというのは十分な説得力を持っていると思います。実際に伊藤忠商事では1961年にカタカナ・タイプライタを導入し,すべての社内文書をカナ化する事さえ断行しました。しかしながら,現在これらの動きは実を結んではいません。漢字が扱えるコンピュータの登場は,漢字仮名交じり文そのものに対する根強い愛着ゆえの必然なのでしょうか。

しかし,言葉は生きものです。表意文字である漢字と表音文字であるひらがなとカタカナが混在する日本語が,これからどのように変わっていくのか,あるいは,どのように変わらずに残り続けるのか,技術が言語に,あるいは,言語が技術に及ぼす影響が,これからの電脳界にどんな影響を与えるのかは,大いなる見物だと思います。

本文を書くきっかけをいただいた,すぎたちよこさんに深謝いたしますm(_ _)m

 

 

2000/7/11
痛みを感じるということはありがたいことなのでしょうね。感じなければ壊れるまで動かしてしまうのでしょうから。

あちこちボロボロ。だましだまし使いましょう。

 

 

2000/7/10
いなければ困るのは向こうの方です。言いたい人には言わせておけばよろしい。気に病むだけ損というものです。お気楽に。

お若い人へ。

 

 

2000/7/8
子供の頃,二つの星は本当に動いて重なるものだと思っていました。そうでないことを知ったのはいつだったでしょう。

子供の頃の私には,いま見えるよりももっとたくさんの星が見えていました。

 

 

2000/7/7
IT,ITと喧しい今日この頃。ずっとネットワークに関わってきた目から見ればいまさらという感じもします。政府主導でいろいろやっていただくのはかまわないのですが,強迫観念を植え付け,乗り遅れてはならないという風潮を作り出すのはいかがなものかと思います。啓蒙はもちろん必要ですが,最終的にそれを選択するのはユーザそれぞれの判断であるべきだという部分がまるで見えてこないことを憂慮しています。お仕着せの,付け焼き刃の「革命」など長続きするはずもなく,このままでは情報網や端末の整備された情報後進国になりそうな気がして仕方がありません。

追い風が吹いているうちにいかにボッタクルかを考えることこそ,私の生きる道ではあるのですが(笑)

 

 

2000/7/6
7月に入ってサミット絡みの警備強化であっちでもこっちでも検問を行う警察官の姿を見かけます。県外から応援にいらっしゃった方がほとんどでしょう。焼けたアスファルトの上で,猛烈な日差しに灼かれて,汗びっしょりの顔は目が血走っています。すべての人に犯罪の可能性を疑わねばならず,心身共に休まることがないに違いありません。お役目とは言え,なんともお気の毒なことです。せいぜい体に気をつけて無事に帰還できるよう心がけてください。ここでくたばっても誰も喜んではくれません。

これで期間中に国会議事堂が占拠されたりしたら目も当てられない。

 

 

2000/7/5
「千の事件を知っていて,千一番目の事件を解決できないはずはない」

シャーロック・ホームズの言葉です。過去に戻ることはできませんが,過去から学べる事は,学ぶべき事はたくさんあります。

お若い人へ。

 

 

2000/7/4
ネズミやらヘビやらセミやらを母猫が捕まえてきて,春に生まれた仔猫たちの前に放して狩りの実地訓練を積ませるシーズンに入りますが,そういう光景もこの頃めっきり見かけなくなりました。人と生活圏を共にしている猫たち。人の営みの変化につれて,猫の営みも変わっていってしまう。寂しく思います。

猫たちがいつも猫らしく暮らせますように。

 

 

2000/7/3
事あるごとに「はっきり言って」などと前置きしなければならないほど,普段婉曲な表現をしているという自覚があるのなら,言語生活を見直していただきたいと思います。私の感受性はそれほど豊かではありません。

お互い様かしら(苦笑)

m(_ _)m

 

 

2000/7/1
西暦2000年も半分を消化しました。年頭からいろいろと騒がしい年ではあります。世紀末というのはいつもこのようなものなのでしょうね。さて,残り半分。ドサクサを味わい尽くしましょう。

去年ガイア観たさに(と私は信じていますが(笑))降臨あそばさなかったあの方が,今年こそは降りてくるかもしれない(笑)


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