日々の雑感を先人に倣って綴ってみようと思います。
ご感想,ご意見,お叱りなどございましたらメールまたは掲示板までお寄せいただければ幸いに存じます。

徒然なるままに


1999/11/30
飢えからも渇きからも,生きている限り自由ではいられそうもありません。うんざりです。

飢えも渇きも感じなければ,生きているのかどうか分からないからかもしれないですね。

 

 

1999/11/29
告白します。ケチャップが嫌いです。トマトは嫌いではありません。トマトジュースも飲めます。しかし,ケチャップはダメです。日本マクドナルドの100円バーガー攻撃によって,何とか食べられるようにはなりましたが,どうしても美味しいとは思えません。小さい頃採血されるたびに気が遠くなっていたのがトラウマになっているようです。トマトジュースもストローでは飲めません。

ちなみに我が実家の連中はアンダーギー(天婦羅)にケチャップをつけて食べます。人でなし!!

 

 

1999/11/27
管理上は一カ所に集中できると楽なのですが,これは極めて危険です。そこが壊れたら全体が崩壊することになります。どうやって機能と権限を分散しておくのかいつも考えておかなければなりません。

まぁ,死んだ後のことまでは知ったことではないのですが(笑)

 

 

1999/11/26
0から1にするのに必要なエネルギーと10から11にするのに必要なエネルギーは違います。なにもないところから立ち上げるのはとても大変です。すべてチャラにしてはならないことがらというのもあります。後の世代のために。

次代を担うのが人間とは限りませんがそれでも。

 

 

1999/11/25
“ping”という命令があります。ネットワークで相手までの経路が確立していることを確認するための命令です。この命令を日本では主に“ピング”と読んでいるようですが,私は“ピン”と読んでいます。これまでは“ピン”と言っても通じてきたので,いいかなと思っていたのですが,昨日ついに聞き返されてしまいました。“ピング”と言うようにすればいいだけのことなのですが,何か寂しいものがあります。

年取ったかなぁ(笑)

 

 

1999/11/24
現在の沖縄県知事は不法な手段によって現職に就いたのではありません。有権者の意志によって選ばれたのです。選挙公約の一つとして「軍民共用空港」を掲げて当選したのですから,今回の決定は予期されたもので,公約を守り選挙民に忠実だということで,政治家として真にふさわしい態度だということができるでしょう。彼を選んだのは沖縄の有権者であり,最終的な責任は善きにつけ悪しきにつけ有権者自身が負うことになります。それが民主主義です。

在るのは個人の痛みです。「沖縄の痛み」などというのはどこにも存在しません。存在してもいけません。人が集まって組織ができ,町ができ,国ができるのであって,組織はどこまでも個人の利益に寄与するための存在でなければならず,組織のために個人がないがしろにされてはなりません。「沖縄」を掲げることで,沖縄という組織の問題へのすり替えが行われてはなりません。

「沖縄の痛み」を思うなら,そこに住む人々を思ってください。飛行場の周りで恐怖におびえる個人の痛みを。同時に神奈川県の厚木基地の周りにすんでいる人々の痛みを思ってください。基地の移設で解決する問題ではありません。移設すれば,海外を含むどこであろうとも,そこにまた新たな人々の痛みが生まれます。基地の存在そのものに対する抗議は無意味です。基地の存在が無意味になる環境が作られなければ基地をなくすことはできません。

人の痛みを感じることができるだけの想像力があるかどうか。同じ過ちを繰り返すかどうかは,この一点にかかっています。そして私は,そのことに関しては悲観的です。

この文を書くきっかけを与えてくださった,いつもサンキュたえさんに深謝いたします。

 

 

1999/11/23
勤労感謝の日。新嘗祭(にいなめさい)。労働と収穫に感謝する国民の祝日。いまだに労働しているという実感はないのですが,休みなのはありがたい。こんな日に8時前に目覚めてしまうとは!!

祝日の意義に反することなので寝直そう(笑)

 

 

1999/11/22
車のラジオから聞こえてきた北島三郎さんの北風小僧の寒太郎。♪でんしんばしーらも ないている〜♪と歌っていました。

電信柱!

この道の端に立っているいる柱は,もともとコミニュケーションのための柱で,人の想いを中継していたのですね。車を止めてしばらく見あげていました。

 

 

1999/11/20
「昨日の敵は今日の友」ということは,今日の友は明日の敵になりうるということを示唆しています。敵味方などというのは相対的なもので,全部が敵ということもなければ,全部が味方ということもまたありません。友が敵に回ったら私の全力でそれを迎え撃つでしょう。それが礼儀だと心得ています。

人の想像力にも努力にも限界があると,少なくとも私はそう思っています。

 

 

1999/11/19
職場の駐車場の向かいのビルの壁に,オードリー・ヘプバーンの垂れ幕が下がっています。「麗しのサブリナ」の時の写真だと思うのですが,毎朝つぶらな瞳でこちらをじっと見つめてくれます(笑)

しかし,見れば見るほど猫みたいなお姉さん。そう思うのは私だけかな。

 

 

1999/11/18
今年もしし座流星群にふられました。自然が相手だけにどうしようもないのですが,今年は1月4日のりゅう座,8月12日のペルセウス座に続き3連敗。去年のしし座から数えると4連敗。う〜む,日頃の行いが悪いのかなぁ。

来年の1月4日に期待しましょう。

 

 

1999/11/17
今年もしし座流星群の時期になりました。今朝も4時頃から空を見ているのですが,生憎と雲の切れ間から時折星が見える程度で,流れ星を見ることはできませんでした。極大は18日の午前中のようなので,今晩から明日の朝に期待しましょう。

お星様とコンピュータ

しし座流星群を見よう!!!Leonids:流れ星の降る夜

 

 

1999/11/16
勝負は時の運。勝ったり負けたりそれが当たり前。日頃培った力を出し切って,存分に楽しめればそれで良し。健闘を祈る。

「より速く,より高く,より前で」

我が友へ。

 

 

1999/11/15
楽して得すること。これを考えなくなったら私は終わりです。どんなに苦しいときでもそう考えてきました。だからこそ前に進めるのだと思っています。

今日も楽が出来ますように。

 

 

1999/11/13
「やってみなければ判らない」ことは確かにあります。「やってみなくても判る」ということは無いというのは,厳密にいえば確かにその通りです。しかし,「やってみなくてどうして判る」と言って良い場合は極限られていると思います。そう言うだけの十分な裏打ち,勘だというならそれまでの実績,実行してやっぱり結果が悪かった場合の対応,それらがそろって初めて言えることだと思うのですが。

コロンブスのしたことは博打以外のなにものでもなく,それに敗れた冒険家は沢山いても歴史には名を残しません。このことは十分に考慮されるべきです。

さて,ひと通り言いたいことを言ったところで,「地雷原を最初に突破する栄誉(アーゴの法則215より)」を狙ってみるとしますか(笑)

 

 

1999/11/12
どうせ誰かがやらなければならなかったことなら,自分でやっただけマシだと思います。放っておいてもどうせ誰かがやってしまうだろうことについても,誰かがやるまで待つくらいなら自分でやってしまいたいと思います。貧乏性なんでしょうね。

楽したいといつも思っているのですが。

 

 

1999/11/11
「人の気も知らないで」と宣いますが,そちらも私の気など知らないでしょうに。お互いにテレパシストではないのですから,そんなものをあてにするのはとても危険なことだと思うのですが。

テレパシストになりたくて訓練したいなら私はその相手としては不向きだと思います。

 

 

1999/11/10
猫どもの恋の季節。まだ若い(たぶん今年の春生まれ)牡猫がお姉さん猫の前でどうして良いかわからずにウロウロ。近づいていくのですが,目が合うとまた引いてしまいます。そのうちにお姉さんの方も呆れて行ってしまいました。慌てて追いかける若者を見ながら,可笑し味やら,切なさやら,ほろ苦さやら,痛みやら,いろいろな情感が胸にわいてきました。

若者の健闘を祈る。

 

 

1999/11/9
どこかには落ちるし,どちらかには転ぶことになっているのですから,天の領分にあれこれ言うのはスマートじゃないと思います。

「果報は寝て待て」というじゃないですか。お気楽にお気楽に。

 

 

1999/11/8

悲しくてやりきれない

サトウハチローの詞です。昨日はとても良い天気でした。

 

 

1999/11/6
特化していくといつか袋小路にはまります。ちょっと引き返せそうもない所まで来ているような気がするこの頃です。行き着くところまで行くしかないのでしょうね。

気に病んでもしかたがないことではあるのですが。

 

 

1999/11/5
「絶対に,二度とこのようなことを起こさないと誓います」というと安心するとでもいうのでしょうか。納得がいくのでしょうか。とても気が知れません。

再発しないように努力はしますが,絶対に起こさないと確約はできません。それは私の良心です。

 

 

1999/11/4
気遣ってくれる人がいるのはとても幸せなことです。この頃その幸せをかみしめています。気遣われることが好きだということも認識しました。

いつもありがとう。心からありがとう。

 

 

1999/11/3
休みの日の朝寝。

嗚呼!何という贅沢。

 

 

1999/11/2
受け入れないのは個人の好みの問題ですが,否定するのはそうではないと考えています。否定するにはそれなりの根拠が必要で,ときには本物の証拠が必要であり,専門家並にその道に精通する必要があります。

ゲームのルールにイチャモンを付けられるのは,そのゲームの参加者だけです。

 

 

1999/11/1
2000年を迎えたときのコンピュータの誤動作は,電脳に潜んでいる「千年虫」が引き起こすのだそうです。漢字の国,大国なのに中国では,2000年問題をこう呼ぶのだそうです。Y2Kなどというわけの分からない略語より,はるかに私の心に響きました。素晴らしい感性だと思います。

千年に一度しか出会えないのですから,ワクワクしながら待たなければ失礼というものでしょう。


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